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経営者の独裁

ロマン・ムンギーア・ウアト
Rebelion 2012/11/13

 暴力には、様々な形(肉体的、経済的、政治的、人種的、宗教的、性的、心理的暴力など)があることは、誰もが知っている。暴力は、人に肉体的、精神的苦痛を与える。暴力は、人間性の否定だ。現代世界は非常に暴力的で、矛盾と諍いに満ちており、私たちはまさに、暴力の文化を生きている。暴力は、社会のあらゆる場所にあり、文明化された野蛮さが、明白に表れたものだ。最悪なのは、私たちが、暴力の文化を、当たり前のこととして生きはじめることであり、また、暴力の文化は、定められた、避けようのないものであって、従って、諦めがつこうとつくまいと、それに順応しなければならない、と認識してしまうことだ。

 明白な野蛮さを示す映像が、あるビデオに映っていた。韓国系企業のサムウォンの韓国人現場責任者キム・ジェイオクが、10月17日、メキシコ人従業員を、蹴ったり殴打したりした映像だ。サムウォンは、ケレタロ州にあるマキラドーラ企業で、多国籍企業サムスンの納入業者だ。さらにひどいことには、このメキシコ人従業員は、自己弁護することができず、即座に解雇された。ビデオで見た現場責任者の、従業員に対する高圧的な暴力と同様に、容赦ない新自由主義の、反改革的な労働改革は、法的、経済的、政治的に、労働者階級を叩きのめすだろう。

 はっきり言わなければならない。資本はそれ自体、凝縮された暴力だ。資本は本来、独裁的だ。資本主義という社会の生産方式は、その始まりの時点から、暴力を生みだしてきた。ブルジョア自由主義の観点から見ると、資本は、不動産と機械と原料で構成された生産要素と定義されている。しかし、政治経済学的な批判的観点から見ると、資本は、本質的に、生産における社会的関係、より正確に言うと、搾取の社会的関係だ。資本と賃金労働の関係は、資本による賃金労働の搾取という社会的関係である。従って、資本は、労働力の搾取によって価値づけられる価値である。そして、この搾取は、社会において暴力が横行する複雑な世界の、萌芽的な形式である。

 資本が拡張、増殖していく様々な形態は、その過程において、様々な形態の暴力を生みだす。社会的な暴力の源泉は、労働者の搾取の奥底にある。例えば、わずかな賃金や、労働者を労働の源から、つまりは生き残りから、まさに追い出すことは、経済的暴力の表れたものだ。同様に、福利厚生費の給付や社会的安定が欠如していることも、この現象が表れたものである。ある定義によると、経済的暴力というものは、「犠牲者の経済的生存に悪影響を及ぼす、攻撃者のすべての行為またはすべての怠慢のことである。それは、労働者の給与所得を抑えることや、同一職場内の同一の仕事に対して、より少ない賃金を受給させることを狙った、色々な制限によって行われる」ものである。工場の内部では、資本による独裁制が支配している。現場責任者は、職場で「見張り、罰する」ことを受け持つ人物であり、資本を体現する人物のことである。

 より複雑な例を挙げてみよう。二つの世界大戦と、前世紀および今世紀に起こった大戦以外の現代の戦争は、資本の歴史的な発展における歴史的な産物だ。二つの世界大戦は、世界の再分割、すなわち世界の市場の支配権をめぐる、帝国主義諸国間の戦争であった。もう一つの例は、集団的資本主義国家としての国というものは、労働者階級の抑圧機関だということだ。それについては、すでに、マックス・ウェーバーが述べている。「国家は、合法的な暴力の独占権を有する。合法か違法かは、取るに足りないことで、国家は、いずれにしても、暴力を用いる。」しかし、慎重に読んでみると、ウェーバーは、本質的な何かを忘れてしまっている。それはつまり、国家というものは、階級差別的な内容を含んでおり、従って、国家の暴力は、プロレタリア階級を支配するためのものだ、ということである。

 もちろん、前出のビデオの映像は、経済的暴力を超えるものであるし、横暴な肉体的暴力が極端なまでに行き過ぎていて、まったくの野蛮さと紙一重である。それこそが、逆行的な労働改革が奨励するであろうものであり、その労働改革は、労働者を搾取するために、資本を、ほとんど制限なしの状態に放置するであろう。この反改革的な労働改革は、弾圧的な政治的性質のものだ。なぜなら、この改革は、労働者の権利を、直接的かつ法的に侵害するからだ。

 この反動的な労働法は、ある歴史的な状況の中で可決されるだろう。その歴史的な状況というのは、労働者階級が、かつてないほど弱い立場にあり、まったく組織化されておらず、分裂している状況のことである。その例が、カルデロン・イノホサが、3年前、メキシコ電力労働組合(SME)に加えた破壊的な打撃であった。この打撃によって、攻撃された側の労働者たちは、ソノーラ州の炭鉱労働者たちやメキシコ航空の労働者たちと合流した。この反改革的な改革は、労働者に対する新手の野蛮な攻撃を表すもので、長い歴史の中で獲得された労働者の諸権利を破壊している。この改革は、労働者や、労働社会に加わる途上にある若者たちの、福祉と権利を引き続き破壊していく上での、第一歩である。

 労働者の権利を守るための、大規模な労働者統一戦線を作ることが必要だ。そのため、先週の日曜日に、政治的に重要な「メキシコの労働者の権利を守る労働組合代表者会議」が開催された。その声明によると、この改革は、「労働で日々の糧を得ている人々や、労働組合の各組織に対する、大規模な略奪の一つだ。そしてそれは、経営者たちが長い間、自分たちに都合よく法を変えることを求めてきた改革で、もうすでに、進行中である」

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