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ヘスス・マルベルデ:麻薬マフィアの聖人

ヘスス・マルベルデは、「麻薬マフィアの聖人」と呼ばれている。専門家の中には、マルベルデ信仰をカトリック信仰の変形であると主張する者や、ヘスス・マルベルデは実在しなかったと主張する者があり、気前の良い盗賊マルベルデに関して、様々な議論が繰り広げられてきた。

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写真:ヘスス・マルベルデの胸像(AFP)

ホルヘ・ペレス・ペンネ
El Universal 2009/04/10

 ヘスス・マルベルデの生涯の詳細は、はっきりしていない。ヘスス・マルベルデという人物は存在していなかったと主張する研究者もある。

 伝説によると、ヘスス・マルベルデはシナロア版ロビン・フッドで、「金持ちから盗み、貧者に施した」人物だ。シナロアの富裕層に対する度重なる強盗によって、当時のフランシスコ・カニェード知事は、ヘスス・マルベルデの首に賞金を懸けた。

 ヘスス・マルベルデを引き渡したのはその代父で、それは、マルベルデ本人の希望によるものだった。なぜなら、当時マルベルデは、銃弾で負傷し、壊疽(えそ)を起こしていたからである。マルベルデは、懸賞金を慈善活動に使うことを代父に約束させた。しかし、その約束は果たされず、代父も懸賞金も行方不明になった。

 政令によって、マルベルデを埋葬することは禁じられた。マルベルデは綱で木からつるされ、綱が切れて遺体が地面に落ちるまで、放置された。

 シナロア州クリアカンの住民たちは、マルベルデの遺体を石で覆っていった。各人が一回にひとつずつ石を持って行き、それはやがて、大きな丘となった。遺体の埋葬に感謝して、マルベルデが奇跡を与えてくれるように期待してのことだった。

 こうして、ヘスス・マルベルデへの信仰が生まれ、そして、「麻薬マフィアの聖人」として、メキシコ文化の中に浸透していった。これを歪んだ信仰だと言う人々もあるが、麻薬マフィアの中に深く根を下ろしていることも事実である。

 確かなことは、ラファエル・カロ・キンテーロやアマード・カリージョ・フエンテス(1)のような麻薬マフィアの大物たちも、マルベルデの礼拝堂を訪れ、「麻薬マフィアの聖人」の奇跡に感謝したということだ。付近では、礼拝堂を訪れて、有名なナルコ・コリード(2)を演奏するバンドを見かけることも珍しくない。バンドは、麻薬マフィアの依頼で礼拝堂を訪れ、米国へ無事麻薬が到着したことをマルベルデに感謝して、演奏するということである。

 クリアカンのマルベルデ礼拝堂訪問は、退廃的な魅力を求める旅行者には欠かせない場所だ。礼拝堂は、建築物としては特に目を引くものはないが、礼拝堂の内部やヘスス・マルベルデ信仰そのものが、概して、ある種の低俗な面白みを持っている。

 壁にはプレートが張られ、マルベルデによる奇跡に感謝する言葉が、自由奔放なつづりで書かれている。また、壁面の至るところに、奇跡を請う人々の写真やドル紙幣が張り付けられている。マルベルデは今では、米国へ密入国する人々への加護も、引き受けることになっているからだ。

 礼拝堂の中心には、ヘスス・マルベルデの胸像があり、大量の花が供えられている。礼拝堂の管理人ヘスス・ゴンサーレスは、この胸像について、マルベルデ本人の姿ではないと語る。というのは、胸像制作時には、マルベルデの肖像画もなく、彼の知り合いもいなかったからだ。

 従って、製作者は、ペドロ・インファンテとホルヘ・ネグレーテ(3)の顔を合体させて、マルベルデ像を制作した。そしてそれが、現在のマルベルデのイメージになったと、ヘスス・ゴンサーレスは言った。

 「麻薬マフィアの聖人」、「貧者の天使」、「気前のいい盗賊」、それが、ヘスス・マルベルデだ。その存在が大いなる論争の的となってきた、列聖されることのない聖人は、カトリック教会から拒否され、しかし、多数の信者から受け入れられ、カトリックと異教の混合した、メキシコにおける信仰の重要な一部分となった。


(1) ラファエル・カロ・キンテーロは、麻薬組織グアダラハラ・カルテルの創設者。アマード・カリージョ・フエンテスは、麻薬組織フアレス・カルテルのリーダーで1997年死亡。
(2) ナルコ・コリードは、麻薬密売(ナルコ)に関する人物や出来事を、メキシコ北部の民族音楽コリードにのせて歌う、新しいジャンル。お聞きになりたい方は"narcocorrido"で検索してください。
(3) ペドロ・インファンテとホルヘ・ネグレーテは、共にメキシコの歌手、俳優。

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