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はちみつ、メキシコ太古からの伝統

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マリオン・ブレデリング
Mexico Desconocido No.233

 メキシコのある地域では、美しい鳴き声の鳥を食べると健康でいられると信じられています。また、歌うときにろうそくをともすと、言葉がその炎で輝き、歌の意味が心に深く届くと言われている地方もあります。

 メキシコのような国では、こんな詩的な要素を持った事柄を信じ込んでしまうことは、よくあることです。

 1990年、オトミ人の文化の遺跡発掘の仕事をしたとき、洞穴の中での骨の折れる作業中、ある考古学者がアフリカミツバチの群れに襲われそうになりました。それらのミツバチは、ヨーロッパ人によるアメリカ大陸征服後に持ち込まれたセイヨウミツバチと、もっと後になってアフリカから持ち込まれたアフリカミツバチとの交配種でした。1950年代の終わりごろ、アフリカミツバチは、偶然ブラジルから逃げ出して、短期間で大陸を北上し、米国南部に到達しました。その行動は非常に攻撃的で、刺されると致命傷になることもあります。この洞穴で起こった事件について、作業員の一人と作業の合間に話したところ、彼は言いました。

 「このアフリカミツバチっていうのは本当に大きい。まったく、ミツバチの神だ!」

 「ミツバチの神っているの?」 驚いて聞きました。

 「もちろん、いるよ。キンタナ・ローには、マヤの古都コバから来たでっかいミツバチがいるって話だ。ミツバチの神様っていうのは、いい神様だよ。目の病気を治してくれるし、養蜂家を守ってくれるんだ。」

 この話は興味をそそりました。それで、発掘場での仕事が終わった後、ユカタン半島を一回りする旅を始めました。もちろん、コバの遺跡も忘れませんでした。このマヤの古代都市を訪問したことが、先住民の伝統養蜂の魅力に取りつかれる始まりとなり、それ以降、いつもこの魅力にひかれてメキシコを旅することになりました。

 ハリナシミツバチは、素早く繁殖・四散するアフリカミツバチの傍らで、よく持ちこたえています。一方、セイヨウミツバチは、前世紀半ばに持ち込まれて以来、現在までメキシコのはちみつ製品の大部分を供給していますが、こちらは逆に、アフリカミツバチの侵略で少しずつ減少しています。

 このため、花粉媒介者として非常に重要な役割も果たしているメキシコ原産のハリナシミツバチが、伝統養蜂の復活を促進するために、科学研究の分野で再び関心を集めています。

マヤ人=重要なはちみつ生産者

 「ミツバチたちの場所」を意味するコバの建築物の中に、「天下る神」と呼ばれる神が表されている建物があり、多くの考古学者や人類学者は、それをマヤのミツバチの神「アームセンカブ」に関連づけています。歴史の資料に出てくるマヤの神官の言葉によると、コバにはムルセンカボブと呼ばれるミツバチの神々が住んでいて、その神々が、ミツバチの巣の偉大なる神ノジュンカブに、巣で起こったことのすべてを知らせていました。また、他の神官によると、ノジュンカブとアームセンカブは大きなミツバチの姿をしていて、他のすべてのミツバチを支配していました。アームセンカブは天をつかさどる神でもあり、その名前は「はちみつを守り、世話する者」を意味しました。サジル、チチェン・イツァー、トゥルムなど、その他のマヤの都市でも、これらの神々を表現したものに出会うことができます。ユカタン民族博物館には、2体のアームセンカブが蜂の巣房を持った姿を描いた香炉が展示されています。その小さな絵の横には、木の幹でできた蜂の巣が2個描かれています。

 スペインの植民地時代、マヤ人は中央アメリカ全域における最大のはちみつ生産者でした。サトウキビ栽培がはじめられる前まで、はちみつは、マヤ文化にとって主要な甘味料でした。はちみつがマヤ人にもたらした経済的利益は、神殿跡や、古代の儀式・祭典の記録に表されています。

 ユカタン半島におけるハリナシミツバチ養蜂の拡大は、1549年にスペイン人が要求した初期の納税品リストからも推測することができます。この地方の173集落の94%が、はちみつか蜜蝋を税金として納めていました。リストでは、合計で2438アローバ(約2万9300kg)の蜜蝋と、276アローバ(3300kg弱)のはちみつを納めていて、現在の村の状況に置き換えると、20人で蜜蝋1アローバ(12kg)と、295人ではちみつ1アローバを納めたことになります。現在、メキシコは世界第4位のはちみつ生産国で、輸出でも第2位を占めています。

 また、いくつかのマヤの古い写本は、ハリナシミツバチの養蜂が、ユカタンにおいて、遠い昔からの習慣であったことを示しています。1562年、スペイン人司教デ・ランダは、これらのマヤの写本数百冊を集めて焼き捨てました。マヤ人の知識の源を破壊し、先住民によるはちみつの異教徒的使用をやめさせるためでした。

 マヤの手書きの写本は、絵文字で自然を表したもので、全体的に象形文字で著されています。破壊を免れたわずかな写本の中には、トロアノ、トロコルテシアノ、メンドーサの写本があり、そこには、ミツバチとその神々が、様式化されて表現されています。それは、マヤ人がコロンブスの到着前から養蜂を行っていたことを示しており、例えば、トロコルテシアノの写本には、供え物の上に降りてくるミツバチが描かれています。

 神話と伝説は、はちみつとミツバチが、先住民の祭儀の営みと宗教思想において、重要な位置を占めていたことを裏付けています。有名な人類学者、クロード・レヴィ=ストロースは、その著書「蜜から灰へ」(1966年)の中で、これらの物語を多数引用し、自然から文化への移り変わりを研究するための出発点としました。

 一方で、先スペイン時代のメキシコにおいて、はちみつはその薬効により、重要な意味を持っていたことが確認されています。このことから、ユカタン半島における先住民の伝統的な養蜂は、一方では、はちみつや蜜蝋、ミツバチと、他方では、宗教や医療、神話、文化遺跡(建築物や道具類)、絵画や彫刻と、直接的な関係があると思われます。この関係は、考古学、言語学、人類学、民族植物学、芸術史や文化史などの多くの専門分野に関連しているという意味においては、まだ研究されていないものです。

新世界

 コロンブスは、新しい領土の「はちみつの多様性」について報告した最初のヨーロッパ人でした。彼以降、多くのコラムニストたちが、新世界の先住民にとっての養蜂の重要性について言及しました。例えばデ・ランダ司教は、次のように述べています。「2種類のミツバチが生息していて、どちらも私たちが知っているミツバチよりずっと小さいものです。2種類の内の大きい方の種は、巣の中で産卵・成育します。この巣はとても小さいもので、ヨーロッパのミツバチが作るような巣房を作らず、キャンドルナッツのような、袋状のものがひと塊になった巣を作り、その袋はどれもすべて、はちみつでいっぱいになっています。はちみつを採取するときは、巣を開け、その袋状のものを棒で叩き壊すだけです。すると、はちみつが流れ出て、さらに頃合いを見計らって蜜蝋を取り出すのです。もう一方の種のミツバチは、山中の木や石のくぼみで成育するため、そういった場所で、この土地に非常に豊富な蜜蝋を探します。はちみつは非常に良質ですが、ミツバチのエサがあまりに豊かであるため、その液体には不純物が含まれてしまい、それを火にかけて沸騰させることが必要になります。そうすることで、高品質で非常に甘いはちみつとなります。蜜蝋も良質ですが、非常に煙く、それがどういった原因によるものかは、まだわかっていません。いくつかの集落では、蜜を取る花のせいで、はちみつが濃い黄色味を帯びています。これらのミツバチは刺すことはなく、採取の仕方が下手でも、なにもしてきません。」

 E.T.ベネットは、この昆虫の名前の由来となったビーチー船長の観察をベースにして、メキシコのハリナシミツバチの馴化について記述しました。

 ベネットの著作(1831年)によると、先住民たちは、中が空洞になった木を探し、その木の幹を約60センチメートルの長さに切ります。切り取った丸太のほぼ真ん中あたりに、コロニーが出入りするための穴を作ります。丸太の両端を、泥か、石を混ぜた泥、または、丸い小さな扉をはめ込んで閉じ、後で簡単に取り除けるようにしておきます。この巣は木から水平に吊り下げられ、少しすると、ミツバチのコロニーが巣に入りにやってきます。この方法は、ユカタン半島では現在も用いられています。

 また、40-50本の切り取った木片を"A"の形に組み立てて置くこともあります。木片は、日光や雨から守るために、木材に立て掛けて並べられ、ヤシの葉で天井を作ります。側面は開いたままになっています。この仕掛けは農場の片隅の、農場主の家から遠くない場所に、大抵は東から西の方角にかけて置かれます。こうすることで、雨から木片を保護します。しかしロバート・レッドフィールドとアルフォンソ・ビジャは、1934年、これについて、宗教的な意味合いがあることを示唆しています。

 建物の向きが惑星の位置と関係があるように、この巣の向きが、惑星、とりわけ金星の位置と何か関係があるかどうか、将来、研究が必要です。ブリトンは、「蜂の神」についての注釈(1895年)における観察でも、この推論を強調しています。ヨーロッパの養蜂家たちは、巣の向きは東向きだと言います。なぜなら太陽が西に沈むため、ミツバチたちが早起きになるからだ、ということです。

ミツバチに敬意を表する儀式

 先住民の集落では、動物は特に重要な役割を果たしています。ヒキガエルやアカガエル、犬、七面鳥と同様、ミツバチも、農業との宗教的な関係があります。

 古代メキシコでは、はちみつだけでなく、ミツバチ自体も、魔術的、宗教的な象徴として、価値の高いものでした。デ・ランダ司教は、ミツバチの神々を喜ばせるために先住民が行った儀式について、記述しています。「8(モル)の月には、養蜂家たちは、5月(ツェク)の祭りと同様の祭りをするために帰ってきます。神々がミツバチに花々を与えてくれるように、祭りを行います。」

 デ・ランダ司教はまた、次のようにも記しています。マヤ暦の5と6の月、すなわちソツとツェクの月には、ミツバチの神々に敬意を表して、祭式が行われました。これらの祝賀行事の間は、大量のはちみつ水が飲用されました。ツェクの月は祭りの時期で、たくさんの供え物をし、とりわけ、4体の水の神(チャアク)には4つの皿が捧げられました。各皿の真ん中には、はちみつで周囲に模様を描いた香の球が一個ずつ置かれました。祭りは、はちみつが豊富にとれることを願って行われ、いつものように酒宴となり、満腹して終わるのでした。なぜなら、巣の持ち主たちが、この祭りのために有り余るほどはちみつを提供したからです。

 バカブは天空を高く支える重要な神々で、チャアクは雷を表しています。東西南北の4つの方位には、それぞれにバカブとチャアクが存在しています。

 マヤの聖なる書、チュマイェルのチラム・バラムでは、4匹のミツバチを、世界の4つの方位と4つの色に結びつけています。

 「赤の大ミツバチは東にいて、赤いバラがその盃、赤い花が彼の花。白の大ミツバチは北にいて、白のバラがその盃、白い花が彼の花。黒の大ミツバチは西にいて、黒いアヤメがその盃、黒い花が彼の花。黄の大ミツバチは南にいて、黄色のアヤメが彼の盃、黄色い花が彼の花」

その他の地域とハリナシミツバチの養蜂

 メキシコの他の地域でも、ハリナシミツバチの養蜂は行われていました。アステカ人にとって、はちみつと蜜蝋は交易用の商品でした。また、彼らの祖先トルテカ人も、ミツバチを非常に大切にしていたと言われています。トルテカ人は、魂は昆虫に生まれ変わると信じていました。そしてその昆虫は、働きバチであったとする文献もあります。その文献では「ミツバチの魂」について言及されています。それはもしかすると、「ミツバチの神」が魂を表していることを指しているのかもしれません。

 メキシコの大部分の州では、アシ、編んだヤシの葉、木材など、最後は消耗して終わるオーガニック素材で、巣を作っています。しかし、特にイダルゴ州とベラクルス州では土鍋が使われます。イダルゴでは、土鍋はきれいに彩色され、ベラクルスの場合と同様、小さく黒い種類のハリナシミツバチが住みついています。こういった土鍋の中での養蜂は、ラテンアメリカでも例外的なものです。

蜜蝋の使用

 先スペイン時代のメキシコでは、ミツバチは、単にはちみつのためだけでなく、蜜蝋をとるためにも大切なものでした。今でもユカタン半島では、ハリナシミツバチの黒い蜜蝋は、供物として偉大な力を持っていると信じられ、黒いろうそくにして供えられます。商店に流通している白い蝋燭は、魂が宿っていないため、供物としては効き目がないと考えられています。

はちみつの治癒力

 メキシコ全土でハリナシミツバチが供給するはちみつは、その治癒力のために、常に高く評価されてきました。例えば、はちみつは、風邪や喉の不快感、眼病、青あざ、妊娠中の痛みや分娩後の衰弱に効くものとして摂取されてきました。

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