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ラテンアメリカ・カリブ海、過去と未来

マルコス・ロイトマン・ローセンマン
La Jornada 2013/08/25

 ラテンアメリカの歴史は、3世紀にわたるスペインの植民地支配を受けた。ブラジルはポルトガルの手中に陥り、北アメリカの一部(米国とカナダ)は、フランスとイギリスの植民地になった。このことは、現在、共通の認識となっており、明白なことである。しかしながら、その過去は、依然として未来を束縛している。現在の諸課題を議論するための不可欠な条件となっている。歴史と現在の政治的状況がもたらしている様々な課題に立ち向かうにあたり、われわれは、いろいろな解釈を過去という逃げ場の中に求めるものである。いろいろな社会計画は、一時的な性格のものであり、計画の性格を決め、決定する空間的・時間的現実から離れたものではない。しかし、歴史をつなぎ合わせ、それに継続性を与えるへその緒は、多様な、異なる現実を生みだす能力をもっている。われわれの場合には、カリブ海地域は、スペイン系アメリカから離れていく進路を歩んだ。フランス、オランダ、イギリス、スペインといった当時の帝国は、領土争いの中で自国の国旗をその地に打ち立てた。海賊、私掠船、奴隷売買、プランテーションが、彼らの本質を示すものだった。カリブ海の諸国の形成において英語系、スペイン語系、フランス語系の国々が存在していることに、その痕跡を見ることができる。キューバ、ジャマイカ、ドミニカ共和国、ハイチ、そして、依然として植民地であるプエルトリコが、そのことを証明している。モザイク状の文化が、混淆宗教や継続されている輸出農業経済と絡み合っている。コーヒー、タバコ、砂糖、トロピカル・フルーツが輸出されてきた。今日では、クルーズ客船やヨーロッパの中間層による観光が、それに加わっている。フランスの植民地サン・ドマング(ハイチ)の統治者ドミニク・トゥーサン・ルベルチュールの指導の下に起こった1791年ハイチの奴隷革命でさえも、植民地生まれのスペイン人であるクリオージョ層の注目を呼んだのであった。ナポレオンはハイチに軍隊を派遣し、反乱者の四肢の切断、串刺し、斬首を行って、力で反乱を弾圧した。人民階級を解放して政治権力を与えるなど、とんでもないことであった。自由、平等、友愛は、ブルジョア革命のものだった。ハンナ・アーレントはこれについて、『革命について』というエッセイの中で詳細に説明している。

 大陸のラテンアメリカは、その後の解放の進展の中で、いろいろな矛盾を示した。征服と植民地経営は、国のそれぞれの事業だった。王室は、300年の間すべての発展を支配した。カトリック信仰の強制、言語の植民化、土地の独占、鉱山の所有、徴税官、イベリア半島の本国から派遣された官僚などによってである。スペイン系ラテンアメリカでは、コロンビア人社会学者のオルランド・ファルス・ボルダが言ったように、独立の戦いは、未完の革命を意味した。それらの戦いにおいて、啓蒙主義の熱狂、産業革命、革命の精神が証明された。革命の精神は、18世紀後半の1776年のアメリカ革命と、1789年のフランス革命から始まったものである。アメリカ生まれのスペイン人の子息であるクリオージョたちは、政治権力から疎外されていたが、指導権を取り、最初の政府評議会や公開市参事会を設立した。このようにして、クリオージョの中のエリートたちの間に、反帝国主義的な思想が芽生えた。

 進歩、西洋文明と民族的・人種的優位の概念が、世界に充満した。ヨーロッパは、その文化的根拠と、自由主義、功利主義、連邦主義、実証主義という政治的な教義によって、知識を独占し、何が合法的な権力の源泉であるかを決定した。これらの思想の教化は、ロック、ミル、モンテスキュー、ルソー、スミス、ベンサム、トクヴィルの指導の下で始まった。世界は第二のルネサンスを体験したのである。資本主義は、合理性を押しつけ、歴史の叙述や植民地独立後の世界を支配した。後戻りはなかった。19世紀全体と20世紀のかなりの期間は、進歩の魅力に屈服した時代であった。文学では、ジュール・ヴェルヌが、進歩の勝利をはっきりと表現した。いかなる政治的計画においても、進歩が、低開発の悪を解決するものとして考えられていた。ラテンアメリカとアフリカは、いまだ完全には発見されていなかった。科学者たちがラテンアメリカへ旅することは、ヨーロッパの新しい夢となった。自然の法則を知り、自然を支配するためにその秘密を詳しく調査することは、莫大な利益をもたらすと考えられた。ラテンアメリカは、可能性に富んだ大陸で、資本主義が渇望するすべてのものを持っていた。それらは、原料、開発されておらず、入植できる広大な大地、そして特に、政治的な同盟者であった。寡頭支配層の大土地所有者たちは、人々を隷属させ、絶対的権力の下につなぎとめ、奴隷制に類似した搾取条件を強制した。ヨーロッパの各国政府は、ラテンアメリカの新たな国々を半植民地という状態におとしめることで、最大限の利益を得た。

 ラテンアメリカは屈服した。その豊かな自然は収奪され、人々は搾取された。金も銀も、強欲をかきたてることはなかった。鉱物が、それらにとって代わった。スズ、硝石、銅、また、プランテーションや大農場で収穫された農産物である。モノカルチャーが全大陸に拡大した。砂糖、タバコ、バナナ、小麦、カカオ、コーヒー、ゴム、牧畜である。ラテンアメリカの国々は、クリオージョの金権政治の牙城となり、わずかなおこぼれのために尊厳を売り渡した。「バナナ共和国」の別名は、外国に奉仕する現地支配層を総称する代名詞となった。

 解放の思想は、収奪の証左を残し、新たな反寡頭制運動を引き起こした。メキシコ革命は、新時代を切り開き、その諸要求は現在でも有効である。それらは、農業改革、基本的な資源の国有化、労働組合の諸権利、政治的市民権の承認である。1917年の憲法は、米州大陸で画期的な出来事であった。この憲法なくしては、ラサロ・カルデナス大統領によって実施された石油の国有化や、その後数年間の繁栄を説明することはできない。今日、制度的革命党(PRI)とペニャ・ニエト政府による石油部門の民営化や多国籍企業への引き渡しに反対する闘いは、メキシコの最も優れた伝統と、解放の思想にその根源がある。

 しかし、問題は、多国籍企業への石油資産の売却であり、それは、ラテンアメリカの様々な未来のあり方に関係するものである。あり得る状態は、主権の喪失、富と生物多様性の中心地を帝国主義に譲り渡すことである。この道にいるのが、メキシコとコロンビアである。その他の国々は、少し異なった道を歩んでいる。それらは、チリ、ペルー、パラグアイ、パナマ、コスタリカ、グアテマラである。これらの国々の政策には、外国への事大主義、従属、国民性の喪失が巣くっている。もう一方の側にはブラジルがおり、ブラジルの戦略的提起は、努力を結集して、多国籍企業や中国資本との関係を発展させ、アマゾンの開発、収奪を進め、メガプロジェクトを構築することである。そして、第三の立場として、ベネズエラボリーバル共和国、キューバ、エクアドル、多民族国ボリビアをはじめとする国々があり、それらの国々の政策は、反対方向のものである。国の富を回復し、資源を教育、医療、庶民の住宅に割り当て、不平等と貧困を縮小し、地球を破壊することしかしない危機的状況の中にある資本主義に対して、戦うことである。その提案は、米州諸国民ボリーバル同盟(ALBA)、南米諸国連合(UNASUR)、中南米・カリブ海諸国共同体(CELAC)の活動において具体化されている。エルサルバドル、ウルグアイ、ニカラグア、ドミニカ共和国、アルゼンチンは、選挙の結果次第で、異なった方向に向かっている。

 未来の可能性には、唯一の地平線が存在するようには思えない。そのいろいろな可能性は、はっきりしている。われわれは、過去の過ちを繰り返すことはできない。ラテンアメリカ経済は、これまで様々な一次産品を輸出する経済であったし、現在でもそうである。多くの運動や、経験は、変革の必要性を指摘している。運動と経験には、サパティスタの「善き自治政府評議会」や自治共同体から、ブラジルの土地なき人々の運動(MST)やビア・カンペシーナまである。人民的な諸政府の行動においても同様なものがある。あるいは、全面的な変革を求める運動もあるし、あるいは一方で、現在の資本主義が、その最も邪悪な側面をラテンアメリカアメリカに押し付けるかもしれない。飢餓、隷属制、死、生活の破壊である。責任は、それを告発し、変革のために活動することにある。どこで、どのように行うかは問題ではない。あらゆる形の抵抗が、金と権力の所有者の無法に対しては有効なのである。

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