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ジャーナリストを殺害しているのは誰か?

英文:マーク・カーリン 英→西訳:ジャーマン・ライアンス
Rebelion 2012/05/22

 「メキシコは、ジャーナリストへの絶え間ない攻撃に苦しんでいる。ここ数年間で少なくとも45人の報道記者やカメラマンが殺害されている」 米国ジャーナリスト保護委員会(CPJ)のマイク・オコーナー氏は、メキシコから、米国のニュースサイト「トゥルースアウト」に答えて言った。「しかし、現役のジャーナリストを識別するためのCPJの基準は厳密であるため、この数字は、実際の被害者数よりも少ない可能性がある」 しかも、大部分の殺人事件における警察の捜査不足のため、メディアに出た情報からは、何人のジャーナリストが、単に知り過ぎたという理由で殺害されたのか、はっきりしない。オコーナー氏は、殺害事件自体について手に入るわずかな情報の大部分を調査する必要があるが、それでもまだ、殺害の動機については、疑問が残るケースが多い。

メキシコでは殺人と汚職の報道は死を招く

 2006年以降、米国とメキシコ共同での麻薬戦争が、死者と負傷者と拷問の血の海へまっしぐらに進み始めて以来、メキシコにおいて、ジャーナリストが殺害、負傷、脅迫などの被害にあうケースが、憂慮すべき数にのぼっている。

 暴力と犯罪についての報道を弾圧するこの残忍な攻撃は、メキシコにどのような影響を及ぼすか?

 タマウリパス州ヌエボ・ラレド市の「エル・マニャーナ」紙の例を見てみよう。「エル・マニャーナ」紙は5月13日、「ヌエボ・ラレド(米国テキサス州ラレドからリオグランデ川を越えた対岸の都市)市内の犯罪について、今後は記事を掲載しない」という論説を載せた。米国紙でこの件を大きく取り上げたのは「トゥルースアウト」だけであった。

本紙は、一定期間、ヌエボ・ラレド市やその他の地域で起こっている暴力事件に関する報道を自粛することについて、世論の理解を求める。

「エル・マニャーナ」紙編集部は、周知の通り、報道の自由のための環境が欠如していることから、この遺憾な決断を余儀なくされた。

 「エル・マニャーナ」紙の事務所は5月11日夜間に銃撃され、犠牲者はなかったが、その2日後の13日、この論説が掲載された。

ヌエボ・ラレドでのジャーナリスト襲撃は以前からあった

 ヌエボ・ラレド市の新聞社への襲撃は、これが初めてではなかった。米国テキサス州ラレドのテレビ局は、「エル・マニャーナ」紙が2006年にも銃撃を受け、ジャーナリスト数人が負傷、2004年には、編集者のロベルト・モーラ・ガルシア氏が殺害されたと伝えた。

 ヌエボ・ラレド市では、ほかにもジャーナリスト襲撃事件が発生しており、マリア・エリザベス・マシアス・カストロ氏殺害事件もそのひとつだ。CPJによると、斬首によるマシアス氏殺害事件は、「社会的手段としてのジャーナリズムと直接的な関係があるすべての人について、CPJが調査を行った最初の事件」であった。

 「エル・マニャーナ」紙が、犯罪についてはこれ以上報道しないと渋々宣言するより前に、ヌエボ・ラレド市は、麻薬戦争のすさまじい代価である気味の悪い事件を経験した。「ワシントン・ポスト」紙はそれを以下のように書いた。

メキシコ北部を壊滅させる組織的な暴力が横行する中で、国境の町ヌエボ・ラレドの住民は、金曜日の早朝、高速道路の高架から吊るされた9人の男女を発見した。現場は、米国テキサス州から車でわずか10分のところにある、人通りの多い交差点であった。

数時間後、警察は、首を切られた14人の遺体が、ビニール袋に入れられて、国境税関の前に駐車されたジープに詰め込まれているのを発見した。14人の遺体の頭部は、後に、発泡スチロールのクーラーボックスに入れられて、市役所わきの交差点に、武器を持った数人の男たちによって遺棄されたとタマウリパス州地方検察庁は発表した。

ジャーナリストの死亡、負傷、拷問の本当の件数は不明

 負傷したジャーナリストの数は、殺害された人数を明らかに上回ると推測されるが、メキシコのメディアでは、襲撃の生存者に関するデータは報道されない。また、最近の「エル・マニャーナ」の事件のように、負傷者はなくても、銃撃や脅迫を受けた新聞社やジャーナリストがどのくらいの数にのぼるかも明らかではない。

 CPJは報告書「殺人犯が無処罰のままでいる無処罰指数」の中で、次のように書いている。

メキシコの「エル・シグロ・デ・トレオン」紙の副編集長ハビエル・ガルサ氏は、「無処罰はメディア襲撃の酸素であり、メディアを黙らせようとする人々の原動力だ」と述べた。コアウイラ州の同紙事務所は、この4年間で2回の銃撃を受け、大惨事には至らなかったものの、犯人も逮捕されなかった。「この2回の襲撃で明らかになったことは、当局の保護はあてにできないということだ」

 その結果、新聞社とジャーナリストが、自身と家族の命を守るために、暴力事件に関する報道を自粛している間、地域社会はそこで行われている犯罪について、知ることができないということになる。ジャーナリストを狙った殺人や脅迫は、麻薬戦争の恐ろしさを隠し、処罰を求める声を暴力行為によって押え込むことに加担する。

シウダーフアレスのジャーナリスト「大抵はどこから脅迫されているかさえわからない」

 シウダーフアレスは、ヌエボ・ラレド市から西へ遠く離れたチワワ州の都市で、米国テキサス州と国境を接している。そのシウダーフアレスで、サンドラ・ロドリゲス氏は、勇敢にも、汚職や市内の悲惨な状況についての記事を「ディアリオ」紙に書き続けている。ロドリゲス氏は、2011年に、国際ジャーナリズムナイト賞を、同僚のロシオ・ガジェゴス氏と共に受賞した。受賞スピーチでロドリゲス氏は「大抵は、どこから脅迫されているかさえわかりません。麻薬組織からのこともあるし、犯罪組織と関係のある警察官、軍人、政治家からのこともあります」と述べた。

 この数年間で、ロドリゲス氏の同僚二人が殺害された。シウダーフアレスにおける殺人事件は、2010年には3000件を超えるに至った(現在は、その当時よりわずかに減少してはいる)。しかし、コーポラティズム支配路線の米国のジャーナリストの多くが、政府の発表を伝える役目を楽に果たしたり、多額の報酬を受けた専門家の発言に同調したりしている一方で、ロドリゲス氏は、日々生命の危険にさらされている。

 「メキシコでは、ジャーナリストが殺害されても、犯人は無処罰です。市民に対する保護がなく、犯人は刑罰を恐れていません」ロドリゲス氏は受賞スピーチで言った。「身体面だけでなく、精神面でも、自分たちを守ることは難しいことです。シウダーフアレスでは、市民共同の心の痛みは、しばしば耐え難いものとなっています。しかし、私たちは書き続けます。なぜなら、これは、私たちの人生で最も大切な事柄だからです」

 その上、国内で解決を見たごくわずかな殺人事件についても、警察が真犯人を識別していたかどうか、まったく確かではない。ロドリゲス氏の同僚であった「ディアリオ」紙のジャーナリストの殺害事件については、「ディアリオ」紙が容疑者を調査し、警察が関係ない人物を容疑者に仕立て、犯行を自白させるために拷問していたことが確認された。

襲撃するジャーナリストが男性でも女性でもどうでもよく、法の裁きを受けることもない。

 「ヒューストン・クロニクル」紙は、先日殺害された女性新聞記者レヒーナ・マルティネス・ペレス氏について報道した。マルティネス氏は、メキシコ湾岸のベラクルスの自宅で殴られ、首を絞められた状態で発見された。マルティネス氏は、「プロセソ」紙の犯罪と汚職に関するテーマを取材していた。「クロニクル」紙は、汚職、法制度の弱さ、そして途方もない恐怖を掻き立てることが、実際には犯行が処罰されずに済むことを保証しているという説をより強めた。「メキシコでは、殺人事件が解決されることはめったにない」 そして「クロニクル」紙は再度、誰もが持っている疑問に触れた。「もしそうなら、警察がこれまで真犯人を起訴してきたのか、非常に疑わしい」

 マルティネス氏の残忍な殺害事件の少しあと、ベラクルスで、他のジャーナリスト数人も殺害された。米テキサス大学の米州ジャーナリズムのためのナイト基金センターの発表によると、「ここ10カ月間にベラクルスで殺害された8人のジャーナリストのうち、5人は地元紙「ノティベール」で働いていた。シウダーフアレスの「ディアリオ」紙は、「『ノティベール』紙では、犯罪や治安に関する記事には、記者の名前を載せることをやめた」と書いている。また、メキシコ国内の第4の権力(報道機関)に対する攻撃が、死を招く非常に危険なものになったため、新聞各社は記者たちに、ベラクルスの同僚たちの葬式に出席しないよう注意した。

 ナイト基金センターが明かしたマルティネス氏の仕事の詳細は、数件のジャーナリスト殺害について、政府と軍の機関が関係している可能性が非常に高いことを裏付けるものであった。「2007年、地元紙「ポリティカ」は、ある女性新聞記者(マルティネス氏)を解雇した。軍人たちに暴行、殺害された一先住民女性についての記事を書いたためである。マルティネス氏は、先住民女性が自然死したとする公式発表を否定した」とナイト基金センターは報じた。

 従って、マルティネス氏は、おそらく軍人たちの犯行と思われる暴行と殺人を明るみに出しただけでなく、同様の真実を定期的に明らかにし、指摘してきたことで、殺された可能性もある。

 ジャーナリスト殺害の背後に麻薬組織がいると断言することについては、多くの疑問が残る。米国のナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)は、「ジャーナリスト襲撃事件の大部分は、麻薬組織ではなく、政治権力の座にいる者たちによるものだと強く確信している」という、マヌエル・クロティエール下院議員の言葉を伝えた。

ジャーナリスト保護のための連邦プログラムの失敗と憲法の修正

 CPJのオコーナー氏は、失敗に終わった連邦プログラム「プロテクション・システム」について、危険にさらされたジャーナリストに対して、FBIのような方式で安全を守るはずのものだった、と書いた。「プロテクション・システム」は、結局は、人員不足で無能な機関に終わったが、ジャーナリストの避難場所となるどころか、わなだった可能性があった。というのは、ジャーナリストは誰一人として、いかなるレベルの政府の情報をも信頼し得ないからで、つまり、その情報が、自身の殺害につながる可能性があるからだ。要するに、フェリーペ・カルデロン大統領のジャーナリスト保護システムは、ジャーナリストが生命の危険なしに真実を伝えられることを保証するための手段というよりは、むしろ広報活動だった。

 メキシコ上院議会は、近ごろ、「連邦警察は『ジャーナリスト、国民、新聞社に対して情報取得の権利や報道・表現の自由を害し、制約し、または干渉する』すべての犯罪について、管轄権を持つことを明記するよう憲法第73条を修正する」という憲法修正法案を可決した。オコーナー氏とCPJは、まだメキシコの各州での単純多数での承認が必要なこの修正案を、強く支持した。

 オコーナー氏は、ジャーナリストに対する犯罪について連邦政府がこれから取る修正案の措置について、注意しながらも、楽観的立場をとっている。しかし、修正案がたとえ各州の承認を受けても、十分に予算をつぎ込まなかったり、憲法修正の要求とは別に、連邦警察が十分に独立した権限を与えられなかったりすれば、この修正案も効果がないという可能性も認識している。メキシコでは、州の裁判であっても、地方の裁判であっても、殺人事件の裁判に連邦政府が強く介入するということはなかった(裁判になった殺人事件はわずか1%程度という州や都市もある)。連邦政府が介入に関心を示したこともほとんどなく、ましてや、大抵の場合は、介入するための合法的な指令さえ存在しない。そこで、前出のもうひとつの疑問が残る。すなわち、どの程度の数の政府役人(軍人、政治家を含む)が、殺人事件の解決を望んでいないのか。つまり、汚職という意味であり、犯人を保護しているか、または彼ら自身が犯人グループと関係している可能性があるため、ということである。

犯罪工場の中で社会秩序が崩壊するとき

 サンドラ・ロドリゲス氏(2010年ロサンゼルス・タイムズの「メディアの英雄」にも選ばれた)は、近ごろ、「犯罪工場」と題した本を出版した。軍や、麻薬対策における秩序の維持に対する政治腐敗と、搾取的なマキラドーラ(北米自由貿易協定以降に急増した、低賃金の組み立て工場)が、どのように若者たちの間に、暴力や殺人の環境を創り出してきたのかについて、書かれている。

 ロドリゲス氏は、著書について、「エル・パイス・インターナショナル」紙と討論した。「麻薬カルテルについて話すことは、密売人、刺客、警察、政府について話すということです。麻薬組織がこれほど力を持っているのは、初めから、政府の保護があるからです」

 メキシコの大部分のジャーナリストや編集者が、サンドラ・ロドリゲス氏ほど勇敢でなかったとしても、誰がそれを責められるだろう?

 しかし、ロドリゲス氏や同僚のガジェゴ氏のような人々がいなかったら、「人々は、起こっていることを知ることができない。民主主義の基本は、民衆が情報を得ることだ」と、CPJのオコーナー氏は言う。

 隠れたところで糸を引く人物たちによって、ジャーナリストが殺人と銃撃の標的に選ばれたことは明らかだ。しかし、誰がメキシコ国内のジャーナリスト殺害を命じ、実行しているかということは、明らかになっていない。いくつかのケースでは、この悲惨な麻薬戦争に、米国人の一味が含まれている可能性が非常に高い。

 ロドリゲス氏は取材ビデオの中で言った。「これが、私たちのやっている仕事です。私はメキシコに住み、ジャーナリストで、この土地を愛しています。このような環境の中で、ただ祈るだけです。死なないように、殺されないように、祈ります」

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